一世とは

 JWの一世にはキチガイが多い気がする*1鬱病だったり、社会不適応者だったり、貧しい出の人だったりして。そう言う人達が率先して真理を聞いた。そもそも生活の中で何か悩みを抱えてない人に宗教を学ぶ人がいるのだろうか。お盆とか葬式程度の宗教観ならともかく、宣教者になるくらいのレベルでである。
 金持ちが真理を学ぶのはラクダが針の穴を通より難しいという聖句があった。その通りであって、金持ちは基本的に悩みが少ないのである。衣食足りて礼節を知るという故事がある。やはり、最低限の生活基盤があるのと無いのとでは全然心理状態が違うのであろう。
 JWの記事では金持ちが失敗する話や、金持ちの孤独さばかりが強調されるが実際金持ちで幸せな家庭を築いている人が何万人居ることか。逆に貧乏人で不幸な人が何万に居るか。冷静に考えてみればわかりそうなものである。
 とにかく、そういう生活基盤もままならなかった環境で育った一世が多いように思う。それ故に、ここにしか生き甲斐を見いだせず熱心になる。江戸時代苦境にあえぐ農民がゼウスやキリストを信じてパライソに行けることを夢見たように。現世に失望しているからこそ、来世に賭けたいのであろう。
 そんな一世とぬくぬく育っている二世では訳が違う。何だかんだで、二世でもぬくぬく育った気味の子達は、(私が高校時代に出会った面子のように)表面上はいい子ちゃん系が多いように思う。それだけ確信もないけど、取りあえず惰性で続けているのだ。当然信仰があろうわけもない。きっと、迫害があったのなら馬脚を現すだろう。
 そんな話も交えながら姉との話は深夜に及んだ。姉は納得しつつも、やはり親の手前今はそう言うことを考える訳にはいかないようだ。もう、JWの人生に浸かっているわけだし、私と違って考える時間や期間があったわけでもない。私もそれに納得した。
 「こんな過激な話は母には内緒でね」、という私の断りを笑顔で了承し姉は実家に帰っていった。

*1:誤解を招かないように訂正しておく。私の育った環境や今居る会衆も含めて偶然か必然かは知らないが、JW人生で出会った中でたまたまそういう方が多いように思うだけ。統計を取ったらそうでないのかもしれない。あくまで主観。