新年

Arlecchino2005-01-01

 今年も宜しくお願い致します。この日記、去年の夏に唐突に始めたが、今のところどこかからの圧力も殆どなく*1て何より。今後も出来る限り続けていきたい。
 さて、年明け早々こんな話題で恐縮だが、今の二世の親たちは世に居たときどれだけ遊んでいたのだろう?この前他の神権家族の子供が親にそんなことを聞いたらしい。「私たちは規制されて育ってきたけど親は、自由の身だったからさぞかし遊んだのだろう。それなのに、今私たちを規制するのはおかしい」と。親は返答に困って素直に「矛盾していると思っている。ごめん。」と言ったそうだ。「でも、それでもこの道が正しいと思うからおまえたちには守って欲しいんだ。」と返したとか。子供としては親は好きだから、そのことには納得いかないけど従うという感じらしい。
 この問題って結構何気ないようだけど気になる所だ。そも今集会場に来ている親世代で、婚前交渉をしていない人とかはどのくらいなのだろう?結構な確率でしていると思うのだが。ある人なんて、できちゃった婚だからかもしれないが結婚の日を誤魔化す人がいた。だけど子供には婚前交渉はいけないなどと言っている。
 体験した上で「無意味」と悟ったりして自分が納得するのはいい。だが、体験もさせないで一方的に子供に親が押しつけてしまうのはいかがなもんだろう。子供の側としては逆に「興味の対象」となってしまう。子供はどうしても禁止されると興味がわいてしまうものだ。麻薬のような害悪のあるものならまだしも恋愛における性交渉など、別段有害ではない気がする。エイズが蔓延するとか、性病が蔓延するとかそういう害悪はあるが。
 しかもたちが悪いのは、遊んでいたような人に限って若者の行動を規制したがるのだ。そして武勇伝のように自分たちの昔話をする。まるで「どうだうらやましいだろ?君たちは体験できないだろうけど、まあ、しないほうがいいよ。」的な物言いが頭に来る。まあ、陰でするからいいのだが。
 「結婚したら遊べなくなるから」なんて言い方がある。世だったらいろいろな女性と付き合い、いろいろな人と出かけたり出来るから“遊ぶ”という表現がしっくりくる。ところがJWでは文字通りの“遊ぶ”になってしまう。大人と子供の差。それをしたり顔で「おれって結婚するまで遊びまくったから」なんていうJW二世を見ると笑いたくなってくる。
 さて、そんなこんなのJW二世問題。これからどうなっていくのだろうか。最近日本ではとくに若者の増加率が減っているという。きっと背景にはこういう問題の鬱憤がたまって世に走る人が多いからだろう。規制しすぎてそのほころびが来ているということか。

*1:たまにある。