寝る前の叱責

Arlecchino2006-06-26

彼女からさっき電話がきて大叱責を受けた。発端は日頃の私の行動を見てぷっつんしたと言うもの。昨日、移動している電車の中で年収の話をして具合的な金額をだしたと叱られたのだが、それに端を発しているらしい。
いきなり色々怒られたので戸惑ってしまった。いつもそうなのだが、女性ってのはある日いきなりキレ出す。その前に兆候があるんだとは聞くが、男性からするといきなり系が多い。
今日の論点は二つ
①ネガティブな話が多い
②仕事への取り組み方
①については、仕事の話とかをするとき、どうやら私が、基本的にポジティブではなく、批判などのネガティブな話が多いというもの。まあ、批判が多いと言う点はこの日記を見ている方もわかるはずなので(笑)敢えて自分で否定しないが、ネガティブにとらえて言ってるのではなくある種ストレス発散的な意味もあるし、意見として出している意味もあるので決して、うだうだ愚痴を言うレベルではないつもりではない。でも、ジャッジする人から見たらネガティブになってしまうのだろう。
②については
私が息を抜きながら仕事をしている事に不満があるようだ。家庭を顧みないとか、体をこわすくらいに仕事をしろと言う意味ではないが、もう少し、仕事を楽しくしたらどうかと言うことだった。いつも、仕事について楽しいとか嬉しいという事を聞いたことが無いと言う。
確かに、親しい人の前になればなるほど私は、仕事については不満を言う気がする。どんな職場も100%満足行く仕事なんてないから多少の不満は仕方ないのだが、私は、今のところ胸を張って心中してもいいという仕事に巡り会えていないのだ。
だから、どうしても仕事をあくまでも金を稼ぐ手段としか見れず本腰を入れてどっつりと仕事と心中して良いという感じに慣れない。結局、コレをしてなんになるんだろう?コレをしたら給料が増えるのかな?コレをしたら社会的地位が高くなるのかな?それをまず考えてしまう、そして、それを考え
答えが否だと、じゃあ、疲れない程度に仕事するかという感じになってしまう。
心中して良い仕事が見つからないというのは言い訳かもしれない、どんな仕事でも不満があるから、それには目をつぶりつつも仕事に打ち込むのが本当の姿だと言うかもしれない。だけど、それは私の中では仕事をあくまでも
金を稼ぐための手段としてしか捉えていないことの表れなのだ。極論を言うと仕事や働くこと自体は好きではない。働かなくてお金を貰える社会なら働きたくはない。今の世の中は働かなければお金を貰えないから働いているのだ。それだけ。
仕事に打ち込みたく無いわけではないが、仕事をして体を壊すとかプライベートをなくすのが嫌なのだ。仕事はほどほどにして、人並みにお金を稼ぎたい。それで良いではないか、と思ってしまう。1000万、2000万を稼がなくてもいいじゃないか、生きていけるなら。なんて思ってしまうのだがその辺は価値観の違いというものだろうか・・・。
しょーーーーっじき、言い分からするとお金が根元にある。お金お金って言われるとちょっとげんなりしてしまう。金ってそんな大事なんだろうか・・・。贅沢だけ出来ればいいのだろうか。それだけじゃないと当然反論もあるんだろうけど。難しい。
まあ、こういう話は結婚とかを意識する歳だから余計、学生時代の恋愛よりも生々しくなるのかもしれない。愛だけじゃ喰っていけないでしょ的な話だろう。子供が出来たときとかに、今の給料では生活できないでしょ。じゃあどうするとか?と言うことなんだろう。
しかも、彼女の話を聞いてると宗教に求めているものもお金とかだから、結局はお金を稼いでいる人がまず好きなのだろう。私は、JW出身だからということもないのだろうが家族がそう言う人だったからかお金への執着があまり無い。人並みに生活できるお金を貰えるならば全然お金や地位への執着が無いのだ。そう言う意味でも、宗教へ求めるモノの違いが恋愛で相手に求める違いになる良い例かもしれない。今の彼女に結婚とかそういうことまで考えていないが何か、今はまだ一緒に居たいので結局適当に話をすり合わせてしまう。
やはり人生はお金だけでなく、それ以外のところが大事だと思うから。