恋愛と宗教

Arlecchino2007-01-06

 宗教というものは恋愛に置いてさして障害になりえないと考えるかもしれない。しかし、恋愛の中に影響を及ぼしてくるのが宗教なのだ。だから宗教がらみの恋愛はやっかいなことになる。宗教から逃れてきて普通の恋愛にあこがれている人間にとっては逃れた先が宗教だった時ほどガッカリすることもない。しかも、まだ、ぬるい宗教なら良いのだが完全に厳しい宗教だったりするともうアウトである。
 私の人生も今正にそんなときに差し掛かっている。脱宗教を目指したはずが、目指した先が宗教だったそんなオチ。宗教自体を否定しているわけでもないし、したい人はすればいいと思う。宗教を強要する姿勢がいけないのだ。昔の国家ならともかく、今の信教の自由の時代に宗教を強要するなんてことはあってはならない。しかも、惚れている相手の気持ちを利用して入らせるなどあってはいけないことなのだ。
 これまで何度も今つきあっている人の事については書いてきていたが、私は今年その相手と決別したいと思っている。やはり、もう限界なのだ。宗教絡みの恋愛というのは。しかも恋愛は2本の柱で成り立つと思う。たとえ宗教問題があっても、それに代え難いもう1本の「性格」という柱がそびえたてばそれで二人の仲は持つのだが、その1本の柱すらが私の場合は立たない位に破綻している。
 宗教はその人の思想と大きく関わるのだが、彼女の宗教は宗教によって*1金を儲けようという宗教なせいか、私が過去に携わっていたJWと間逆なこともあって、余りに思想がかけ離れている。相手の求める年収にしても、欲しいプレゼントにしても、して欲しい待遇にしても、全部が物欲にまみれている。やはり私は物欲とかは余りない方だからか、物欲が全面に出てくると抵抗感を示してしまう。
 こうして書くと「今仮にもおつきあいしている人間のことをそこまで書くとは」と、抵抗を示される方も居るだろう。しかし、どこかに何かを書かないといけない位に状況は切迫しているのだ。本当は色々な人に相談したいものだが、その相手もその宗教の可能性もあったりするとやたら滅多に相談も出来ない。それに、宗教絡みのノウハウを持っている人はあまりいない。相談できないまでもまず、気持ちの整理の為にも書くそんなとこだろうか。

*1:信仰が増し加われば儲かる的な発想であり、何かを売るとかそういう意味ではない